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203年郵便貯金について
掲載日:2026年7月9日更新
今からちょうど100年前、白石町第18代町長「菅野圓蔵」氏が、大正15年5月8日に、将来の白石町民の無税化を目指し、金100円を町に寄附しました。
寄附の目的は、この100円を当時の利率5.04%の郵便貯金として203年据え置くと元利合計で2,120,794円になる計算で、当時(大正15年)の町の財政規模は年間10万円程度であったことから、元利合計212万円から生ずる利子(年5%として約10万円)により、町民から税金を徴収しなくとも財政が賄えるという考え方でありました。
また、この貯金については、どんな事情があっても203年間は絶対に払い戻ししたり、途中で処分したりしてはならない、という条件が付されています。元収入役の佐藤浅次郎氏も菅野町長のこの寄附の趣旨に深く共感し、同じ条件で金10円を町に寄附しました。
現在の貯金残高は、元利合計で「3,562円」で、当時の目的は達成が難しい状況となっていますが、先人の志や壮大なロマンを大切に市が保管し、これまで歴代三役(現在は市長、副市長)が就任時に「趣意書(巻物)」に署名、捺印し、門外不出で市の宝として受け継いでいます。
本市では、大正時代の先人の「ふるさと白石」を愛する志を、103年先まで大切に受け継いでいくためにも、持続可能なまちづくりを推進してまいります。
〇 菅野 圓蔵(かんの えんぞう)氏
白石町第18代町長
在任期間:大正12年10月15日~大正15年5月30日 203年郵便貯金について – 白石市ホームページ
当時の利率は5.04%。それを複利で運用していくと10年後(1936年)には163円に。203年後にはおよそ212万円に膨らむと計算しました。白石市によると当時の町の財政規模は年間10万円ほど。212万円の貯金から10万円余りの利息が得られれば、税金を徴収しなくても町の歳入を賄えると考えていました。白石市民:「すごい、白石に対する愛情」 白石市民:「孫たちのために本当に期待する」 白石市民:「100年前から始まったことを大事にしたい。203年後、今から103年、どんな風になっているのか楽しみ。やめずに続けてもらいたい」
1.どのような計画だったのか
1926年5月8日、白石町長だった菅野圓蔵氏は、将来の町民を税負担から解放することを目指し、100円を町に寄附した。
当時の郵便貯金の利率は年5.04%。これを203年間、元利を引き出さずに運用すると、約212万円になると計算された。当時の白石町の年間財政規模は約10万円だったため、212万円から年5%、約10万円の利息を得られれば、税金を徴収せずに町の財政を賄えるという構想だった。
ところが、100年後の2026年に白石市が公表した貯金残高は3,562円にとどまっている。計画終了はさらに103年後の2129年だが、当初の目標達成は極めて難しくなっている。
2.菅野町長の発想そのものは間違っていなかった
当時の関係を整理すると、次のようになる。
- 年間予算:10万円
- 目標元本:約212万円
- 元本は年間予算の約21.2年分
- 212万円の5.04%:年間約10万7,000円
つまり、年間支出の約21倍の基金を作り、その運用益だけで行政を維持するという仕組みだった。
これは、現代の大学基金や財団、政府系ファンドにも通じる考え方である。元本を消費せず、運用益を恒久的な収入源にするという発想は、むしろ非常に先進的だった。
問題は複利という考え方ではない。
203年間、同じ金利、同じ通貨価値、同じ金融制度、同じ行政規模が続く。
という、暗黙の前提にあった。
3.1926年から物価はどのくらい上がったのか
1926年まで遡れる長期指標として、日本銀行の「戦前基準企業物価指数」がある。
- 1926年:1.157
- 2025年:912.9
したがって、
[
912.9÷1.157=約789倍
]
となる。
これは99年間を複利換算すると、年平均約6.97%の上昇に相当する。ただし、企業物価指数は企業間で取引される「財」の価格を測るものであり、人件費や行政サービスを含む生活費全体の指数ではない。1926年から連続する消費者物価指数は存在しないため、約789倍は有力な基準の一つであって、唯一の正解ではない。
この789倍を当時の金額に掛けると、次のようになる。
| 1926年の金額 | 2025年の物価に換算 |
|---|---|
| 寄附金100円 | 約7万8,900円 |
| 年間予算10万円 | 約7,890万円 |
| 目標元本約212万円 | 約16億7,000万円 |
| その元本の年5.04% | 約8,430万円 |
ここから分かる重要なことは、物価上昇だけが原因なら、当初の設計は崩れないということである。
年間予算が789倍になるなら、必要な基金も789倍にすればよい。約16億7,000万円を年5.04%で運用すれば、約8,430万円となり、物価換算した当時の年間予算約7,890万円をほぼ賄える。
したがって、この計画の失敗を単純に「インフレに負けた」とだけ説明するのは不十分である。
4.現在の白石市予算が大きい理由
2026年度の白石市一般会計当初予算は、約210億6,700万円である。1926年の10万円と名目金額だけを比較すると、約21万倍に増えている。
しかし、この21万倍がすべてインフレではない。
企業物価指数による物価上昇約789倍を除くと、
[
21万667倍÷789倍=約267倍
]
となる。
つまり、単純比較では、
現在の予算増加約21万倍
=物価上昇約789倍
×行政規模・対象範囲の拡大約267倍
と分解できる。
ただし、これはあくまで概算である。1926年の白石町と現在の白石市は、同じ自治体ではない。現在の白石市は1954年に白石町と周辺6村が合併して成立し、1957年には小原村も加わっている。
さらに現在の自治体は、社会保障、介護、子育て、医療、防災、道路、上下水道、学校、廃棄物処理、情報システムなど、当時よりはるかに広い行政サービスを担っている。
したがって、現在の210億円を見て「物価が21万倍になった」と考えるのは誤りである。大部分は、市域、人口、行政機能、国から移された業務などの違いである。
なお、厳密な「市税ゼロ」を考える場合は、一般会計210億円の全額ではなく、市税収入に相当する部分だけを基金で置き換えればよい。一般会計全額を運用益で賄う計算は、最も厳しい条件での比較である。
5.株式で運用していたらどうなったのか
米国のIbbotson SBBIによると、1926年初めに米国大型株へ1ドルを投資し、配当をすべて再投資した場合、2025年末には2万1,453ドルになった。100年間の複利収益率は年10.5%である。税金、取引費用は考慮されていない。
この倍率だけを100円に適用すると、
[
100円×21,453倍=約214万5,000円
]
となる。
為替を無視した単純比較では、米国株は約100年で、郵便貯金が203年後に目指していた約212万円へ到達したことになる。
さらに、1926年の平均的な為替相場である1ドル約2.12円で100円をドルへ換え、米国株で運用し、2026年7月の1ドル約162.10円で円へ戻すと、約1億6,400万円になる。
ただし、この数字は極めて好条件の仮想計算である。
1926年に円をドルへ交換できたこと、米国の幅広い株式を購入できたこと、戦争や資本規制を乗り越えられたこと、配当を100年間再投資したこと、税金や管理費がなかったこと、最後に歴史的な円安で円へ戻したことをすべて仮定している。
単一企業の株を買っていた場合は、倒産してゼロになった可能性もある。「株で運用する」とは、実際には生き残った米国企業へ継続的に入れ替える分散株価指数を保有するという意味に近い。
6.1億6,400万円でも現在の市財政を賄えない理由
1億6,400万円を年5.04%で運用して得られる収益は、
[
1億6,400万円×5.04%=約827万円
]
である。
現在の一般会計約210億円に対しては、約0.04%にすぎない。
しかし、これを「株式もインフレに負けた」と評価するのは適切ではない。主な理由は二つある。
一つ目は、当初の計画期間が203年であり、現在はまだ約100年しか経過していないこと。二つ目は、現在の白石市が1926年の白石町より大きく、行政の仕事内容も大幅に増えていることである。
実際の郵便貯金残高3,562円と比べれば、1億円を超える株式運用結果は圧倒的である。それでも現在の市財政を賄えないのは、株式の成績が悪いからではなく、当初の100円が、そもそも非常に小さな種銭だったことと、比較対象となる自治体が別物になったためである。
7.最大の誤りは「固定された名目金額」を目標にしたこと
この計画の本質的な問題は、「203年後に212万円」という固定された名目金額を目標にしたことにある。
212万円が将来どれほどの購買力を持つのかは、誰にも分からない。203年間には、戦争、通貨制度の変更、金融制度の変更、預金金利の低下、自治体合併、行政サービスの拡大などが起こる。
長期計画では、目標を金額で固定するのではなく、
将来の年間支出の何年分を保有するか
物価上昇後も、どれだけの購買力を維持するか
によって定めなければならない。
たとえば「212万円を作る」ではなく、
その時代の町の年間支出の30~50年分に相当する基金を維持する
という目標なら、物価や行政規模の変化にも対応しやすかった。
8.利息をすべて使ってはいけない
もう一つの重要な問題は、年5%の利息をすべて町の支出に使う設計だったことである。
仮に運用利回りが5%でも、物価が年3%上昇するなら、元本の購買力を維持するために約3%分を再投資しなければならない。実質的に使える利益は、おおむね残りの2%にすぎない。
名目利回り-インフレ率-運用費用
=長期的に使える実質収益
である。
利息をすべて消費すれば、帳簿上の元本は減らなくても、元本が購入できる物やサービスは毎年減っていく。元本の「金額」を守るだけではなく、元本の「購買力」を守る必要がある。
9.現代に同じ基金を作るなら
現代的に作り直すなら、次のような仕組みが必要になる。
- 固定金利の預金だけでなく、世界株式、債券、物価連動資産、実物資産などへ分散する。
- 「203年間動かしてはいけない」ではなく、「目的は変更できないが、資産配分は変更できる」とする。
- 毎年使う金額を、運用益の全額ではなく、資産残高の実質2~3%程度に抑える。
- 単年度の時価ではなく、過去数年間の平均残高を基準に支出額を決める。
- 目標額を物価、人口、税収、行政支出などに連動させる。
- 特定の銀行、通貨、国、企業が消滅しても基金が残るようにする。
現在の一般会計約210億円を全額運用益で賄うなら、年5.04%で単純計算して約4,180億円の元本が必要になる。ただし、運用益をすべて使えば購買力を維持できない。実質的な支出率を年3%とするなら、必要額は約7,022億円になる。
結論
菅野圓蔵氏の構想は、単なる夢物語ではなかった。
小さな元本を長期間複利運用し、将来の住民の負担を軽くするという発想は、現代の基金運営にも通じる優れたものだった。
しかし、時間はそれ自体では味方にならない。
複利が働くのは、金利や収益率だけではない。
インフレ、行政支出、制度の変化にも複利が働く。
この話から得られる最大の教訓は、次の一文に集約できる。
100年後、200年後のために守るべきものは、預金通帳に書かれた金額ではない。
そのお金が生み出す購買力と、時代の変化に適応できる仕組みである。
菅野町長が誤ったのは、未来のために資産を残そうとしたことではない。未来が変化しないものとして、資産の置き場所と名目金額を固定してしまったことだった。
