最近、齋藤ジンさんの『世界秩序が変わるとき』を読みました。
この本では、新自由主義を基盤としてきた世界秩序が終わりつつあり、世界が新しいルールへ移行していることが書かれています。
これまでの世界では、効率が何よりも重視されてきました。
製品は、最も安く作れる国で作る。
エネルギーは、最も安く買える国から買う。
企業は、在庫を持たず、必要なときに必要な分だけ仕入れる。
世界中を一つの巨大な工場として使うことで、私たちは安くて便利な商品を手に入れられるようになりました。
しかし、戦争や感染症、国家間の対立が起きると、この仕組みは思っていた以上に脆いことが分かりました。
どれだけ安く作れても、届かなければ意味がない。
どれだけ効率的でも、他国に止められたら何も作れない。
そのため、これからは単純な効率だけではなく、自国や同盟国の中に、生産力、エネルギー、防衛力、重要産業を残そうとする動きが強くなっていく。
私はこの本を読みながら、この大きな世界の変化は、そのうち私たち個人の生活にも浸透してくるのではないかと思いました。
【Youtube版】
「持たない暮らし」の弱点
少し前までは、「所有しないこと」が新しい生き方としてもてはやされていました。
車は買わずにカーシェアを使う。
音楽や映画は購入せず、サブスクリプションで楽しむ。
仕事は会社から与えられたパソコンで行う。
情報発信はSNSだけで完結させる。
家も買わずに、必要な場所へ移り住む。
必要なときに、必要なものへアクセスできればいい。
これは、とても合理的な考え方です。私自身も、何でも所有すればよいとは思いません。
たまにしか使わないものや、維持費の高いもの、すぐに古くなるものは、借りた方が合理的です。
しかし、あらゆるものを他人から借り、企業のサービスに依存していると、その企業や仕組みが止まった瞬間に、自分の生活も止まってしまいます。
サブスクリプションを解約すれば、コンテンツは見られなくなる。
SNSのアカウントが停止されれば、築いてきた読者との接点を失う。
勤務先を失えば、収入だけでなく、仕事道具や信用まで失うことがある。
家賃が上がれば、住み続けたくても退去しなければならない。
アクセスする権利を持っていることと、自分で所有していることは、似ているようでまったく違います。
これからは、何でも所有する時代が戻るのではありません。
生活の根幹にあるものについて、ただ借りるだけではなく、自分の管理下に置くことが、もう一度見直されるのだと思います。
分散投資の次は「分散所有」
そこで、私は「分散所有」という考え方を提言したいと思います。
分散所有は、私が勝手に作った言葉です。
考え方の元になっているのは、投資における分散です。
一つの企業や、一つの国だけに投資すると、その企業や国が不調になったとき、資産全体が大きな影響を受けます。
そのため、異なる企業、業種、国、資産へ投資先を分けます。
今では、オールカントリーのような投資信託を買うだけで、世界中の企業へ広く投資できます。
少なくとも、上場株式の中でどの企業や国に分散するかという問題は、昔よりも簡単に解決できるようになりました。
しかし、オールカントリーを持っているからといって、人生全体が分散されているわけではありません。
証券会社、銀行、取引所、通貨、通信、電力。
世界中の企業へ投資していても、その資産は同じ金融システムの上に載っています。
そこで、金融商品の中だけではなく、もっと大きな枠で所有を分散する必要があるのではないかと思いました。
わかりやすい例を挙げましょう。金への投資です。
普通の人は、金は全部「金」だと思いますよね。でも、この世界には、金の価格と連動する商品が売買されています(中にはちゃんと実物の金の裏付けがある商品もある)。それが金のETFです。証券会社から、株を買うのと同じように購入できます。
「金の価格に連動するなら、現物でもETFでも、どっちでも良いんじゃないか?」と思うでしょう。
もちろん、金のETFは、金価格に連動する便利な金融商品です。しかし、それを売買するためには、証券会社や取引所が動いている必要があります。これが決定的に現物の金と違うのです。
一方、現物の金は、自分の手元に置くことができます。
もちろん、盗難、紛失、保管、売買価格の差といった別の問題はあります。
それでも、金ETFと現物金では、守れるリスクが違います。
同じ金に投資しているように見えても、一方は金融市場の中にあり、もう一方は金融市場の外に置ける。
これが、私の考える分散所有です。
自分のビジネスを持つ
最初に所有したいのは、自分のビジネスです。
ここでいうビジネスとは、巨大な資金を集め、急成長を目指すスタートアップとは少し違います。
自分で意思決定ができ、固定費が小さく、少数の顧客でも利益が残り、自分の手で改善を続けられる小さな事業です。
勤務先から受け取る給料だけに依存していると、その会社の経営状態や人事判断によって、収入が大きく変わります。
しかし、自分の事業を持っていれば、収入源を一つ増やすことができます。
もちろん、事業も絶対に安全ではありません。
景気、規制、技術の変化、プラットフォームの方針変更などによって、売上が減ることはあります。
だからこそ、特定の取引先やプラットフォームだけに依存せず、小さな収益源をいくつか作っていくことが大切です。
私の場合は、アプリ、ブログ、教材、デジタルコンテンツなどが、自分で所有できる小さな事業資産になっていくと思います。
株式と金融資産を持つ
分散所有というと、金融資産を否定しているように聞こえるかもしれません。
しかし、株式はこれからも中心的な資産だと思います。
株式を持つということは、企業の生産活動の一部を所有することです。
世界が平常に動いている限り、企業は商品やサービスを販売し、利益を生み、その利益の一部が株主へ還元されます。
自分一人で世界中に工場や店舗を持つことはできませんが、株式を通じて、その経済活動の一部を所有できます。
長期的な複利成長を期待するうえで、株式は外せません。
ただし、株式だけでは足りません。
すぐに使える現金や預金、価格変動の異なる資産、金融システムの外に置ける現物資産なども含めて持つ。
増やすための資産だけでなく、生活を止めないための資産も必要です。
小さな生活拠点を持つ
分散所有を考えるうえで、住居も重要です。
これは、高額な住宅を長期ローンで購入すべきだという話ではありません。
むしろ、重要なのは、小さくても無理なく維持でき、自分の意思で使い続けられる場所を持つことだと思います。
立派な家を所有していても、住宅ローン、固定資産税、管理費、修繕費が大きければ、収入が止まったときに維持できません。
反対に、資産価値がそれほど高くなくても、借金が少なく、生活費を抑えられ、長く住める家は、高い生活防衛力を持っています。
住む場所に加えて、小さな庭や畑があれば、食料生産や趣味の場所としても使えます。
都市に住みながら郊外に小さな拠点を持つ。
小さな中古住宅を修繕しながら使う。
市民農園を借りて、まずは土に触れてみる。
いきなり大きな土地や家を買う必要はありません。
自分で管理できる生活拠点を、少しずつ作っていけばよいと思います。
食料を作る手段を持つ
食料も、すべてを購入するだけでなく、一部を自分で作る手段を持っておくと安心です。
もちろん、小さな家庭菜園だけで、一年分の食料を自給することはできません。
畑には、水、肥料、種、道具、知識、時間が必要です。
それでも、野菜を少し育てられるだけで、食料がどこから来て、どれほど手間をかけて作られているのかが分かります。
流通が一時的に不安定になったときにも、食料の一部を作れるという経験は、何もできない状態よりは強いはずです。
畑だけではありません。
釣り、養鶏、保存食作り、乾燥、冷凍、発酵、料理も、広い意味では食料資産です。
食料を大量に備蓄することだけではなく、食べ物を作り、保存し、調理できる能力を持つことが大切なのだと思います。
健康と技能を自分の中に所有する
所有の究極形は、自分の身体と頭の中に蓄積されたものかもしれません。
長い距離を歩ける体。
重いものを運べる筋力。
病気になりにくい生活習慣。
料理、修理、栽培、応急手当の知識。
文章を書く力。
商品を作る力。
人に説明し、販売する力。
物は壊れたり、盗まれたりします。
しかし、自分の中に身につけた技能は、場所が変わっても持ち運ぶことができます。
お金があっても、健康を失えば自由に使うことはできません。
高価な道具があっても、使い方を知らなければ役に立ちません。
健康や技能は、金融資産のように毎日価格が表示されるわけではありません。
それでも、人生の選択肢を増やし、生活費を下げ、収入を生み出してくれる、とても大きな資産です。
デジタル資産を持つ
今後、さらに重要になるのが、デジタル資産です。
SNSのフォロワーは、自分のものに見えて、実際にはプラットフォームの中にいます。
運営会社の判断でアカウントが停止されれば、築いてきたつながりを失う可能性があります。
一方で、独自ドメイン、自分のウェブサイト、メールで連絡できる顧客、ソースコード、文章、画像、教材、一次データなどは、比較的自分で管理しやすい資産です。
Xのフォロワーが一万人いても、アカウントが消えれば連絡できなくなるかもしれません。
しかし、自分のサイトを訪れ、メールやアプリを通じてつながっている人は、別のサービスへ移っても関係を維持できます。
だからこそ、SNSを使わないということではありません。
SNSを入口として使いながら、少しずつ自分の管理できる場所へ資産を移していく。
ブログの記事を蓄積する。
自分の商品を作る。
顧客と直接つながる。
データをバックアップする。
これも、現代における分散所有だと思います。
お金を使わなくても続けられる趣味を持つ
私は、趣味も資産になると思っています。
ゴルフや旅行のように、するたびに一定のお金が必要になる趣味も楽しいものです。
しかし、それだけに依存していると、収入が減ったときに楽しみまで失ってしまいます。
一方で、囲碁、将棋、読書、散歩、家庭菜園、執筆、絵、楽器、DIYなどは、長く続けるほど一回当たりの費用が下がっていきます。
さらに、技能、健康、作品、仲間といった別の資産まで蓄積されます。
本を一冊買えば、何度でも読み返せます。
将棋盤があれば、何千回でも対局できます。
文章を書く習慣があれば、紙とペンだけでも楽しめます。
収入が増えなければ楽しめない人生よりも、少ない費用でも十分に楽しめる人生の方が、変化に強いと思います。
私はこれを「限界費用の小さい趣味」と考えています。
人との関係は所有できない
もう一つ、忘れてはいけないものがあります。
家族、友人、近所の人、仕事仲間、顧客などとの関係です。
当然ですが、人間関係は所有物ではありません。
誰かを自分の資産として扱うことはできません。
それでも、長い時間をかけて築いた信頼関係は、困ったときに生活を支えてくれるという意味で、資産に近い働きをします。
道具を貸し借りする。
情報を教え合う。
食べ物を分け合う。
病気のときに助け合う。
仕事を紹介し合う。
すべてを自分一人で所有する必要はありません。
自分が持っていないものを、信頼できる人同士で補い合うことも、広い意味での分散だと思います。
たくさん持つことが目的ではない
分散所有とは、物をたくさん集めることではありません。
家、車、土地、設備を大量に持っていても、ローン、税金、保険、修繕費、保管費に追われているなら、むしろ生活は不安定になります。
所有には、必ず管理責任がついてきます。
だから、所有するかどうかは、価格が上がるかだけで判断してはいけません。
自分で管理できるか。
生活や収入を支えてくれるか。
他の資産とは違う危機に耐えられるか。
維持費や負債が大きすぎないか。
こうした基準で考える必要があります。
分散所有で大切なのは、資産の数ではありません。
一つの会社、一つの金融制度、一つのプラットフォーム、一つの生活インフラが止まっても、人生のすべてが同時に止まらない状態を作ることです。
少しずつ、自分の管理下へ移していく
いきなり家や畑を買い、事業を始め、金を買い、すべてを自給する必要はありません。
むしろ、急に増やせば管理できなくなります。
まずは生活防衛資金を作る。
少額から株式を持つ。
小さな商品を一つ作って売る。
独自ドメインでブログを始める。
一日三十分歩く。
プランターで野菜を育てる。
繰り返し楽しめる趣味を一つ持つ。
小さな所有でも、それぞれが異なる仕組みで自分の生活を支えてくれます。
私自身も、アプリやブログなどの小さな事業、健康、技能、家庭菜園、デジタル資産、長く楽しめる趣味を、少しずつ積み上げていこうと思っています。
豊かさとは、高い値段で売れるものを、たくさん持つことではありません。
金融市場が止まっても、勤務先がなくなっても、SNSのアカウントが消えても、物価が上がっても、生活、収入、楽しみのすべてを同時には失わないこと。
異なる仕組みで価値を生むものを、少しずつ自分の管理下に置いていく。
それが、私の考える「分散所有」です。

