おじさんの慟哭に惹かれる謎

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最近私が、Youtubeでついつい見ちゃう動画が「おじさんの日常の記録動画」です。

・おじさんが畑を耕して、酒を飲む動画。部屋は汚い。

・競馬に大金突っ込んで、外して叫ぶ動画。

・釣りをして、自分で酒のあてを釣って、料理して食べる動画。

幸せなおじさんもいれば、不幸のどん底にいるのに、そこからスコップで穴掘ってさらに下に行こうとしているおじさんもいます。

ロシアの文豪、トルストイは、

「幸せな家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸である。」

と言いましたが、まさにおじさんの生活は十人十色で、バラエティーに富んでいます。

六本木の高級なお店で、皿に乗った小隕石のような食べ物と一緒に写真を撮ってる若い女性の単一性と正反対です。

ちょっと整えた表現をすると、おじさんの「生き様」とも言えるかもしれません。

私は異様にその生き様に惹かれるわけです(憧れては全くない)。

人間活動

「どうして俺は、全く面識もないおじさんの動画を見てしまうんだ?」

これは常々自分でも不思議でしたが、最近、なんとなくわかってきました。

私は「人間活動」に興味があるのだと。

人間活動とは、つまり「人にしかできない活動」です。

人にしかできない活動ってなんやねん?ってことですが、これは、今まさに輪郭を表し出しているジャンルです。

今まさに輪郭が表せているのは、AIという、人間以外の知的生命体が誕生したためです。

正直、今まで人間が目指してきた、尊敬されることや到達しようとしていたことは、AIが凌駕していきます。そうなると、ここは人間にしかできないことではないわけで、価値がとんでもないスピードで落ちていきます。

そうなると、自ずと、人間にしかできないことが浮かび上がるのです。

じゃあ、人間にしかできないこと=人間活動とは何かということですが、それは不合理な一貫性です。

不合理だけではダメです。不合理でありながら一貫性が大切なのです。

ジョジョの岸辺露伴のセリフ「だが断る」がストンと腑に落ちるかもしれません。

岸辺露伴のキャラクター性は一貫していて、まさに岸辺露伴だからこそ「だが断る」が決まるわけです。

おじさんたちは、不合理な塊です。そして、そこに異様なレベルの一貫性がある。

酒をやめられない。ギャンブルをやめられない。部屋を片付けない。異様に自己評価が高い。etc

これはAIが、最も困惑することじゃないですかね。

「え? この人間たち何してるん……?」

超知能に、ドン引きを与えることができるかもしれません。

でも、この人間性にこそ、価値が宿る世界が到来するかもしれない。

それを私は本能的に感じて、惹かれているのかもしれないのです。

ということで、世のおじさんたちよ、今こそ、己の生き様を示すのだ!

まぁ、それでも、健康には気をつけてほしいですが。

終わり。

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