最近のAI開発では、私はもうコードをほとんど書いていません。
基本的にはAIに指示を出して、画面や機能を作ってもらっています。
とても便利なのですが、最近、少しストレスに感じることがあります。
それは、AIがやたらと「保険」を置くことです。
たとえば、画面の中に不要なサブテキストを追加したり、誤解が起きないように説明文を増やしたりする。なんか無駄にテストするし。
こちらが意見を求めているのに、
「おっしゃる通りです」
と、イエスマンのような返事をする傾向も強くなっています。
しかも、AIは頭がいい。
一見すると、なんとなく正しいことを言っているように見えるので、間違いや余計な部分を見つけて修正するのが、かえって面倒になります。
そこで最近は、指示文に、
「サブテキストや、逃げのような一手は打たないでください」
と付け加えるようにしています。
これを入れるだけで、かなりスッキリした画面を作ってくれるようになります。
なぜ、AIはこんなにビビるのか
では、なぜAIは、これほどまでに慎重なのでしょうか。
理由は、AIの返事が自動生成だからです。
正確に言えば、ビビっているのはAIではなく、AIを運営している企業なのでしょう。
少し前には、アメリカの若者がAIに相談したあとに自殺し、運営企業が訴えられるというニュースもありました。
こうした問題が起きれば、運営側はAIの回答をガチガチに管理し、できるだけ無難なものにする必要があります。
少しでも危険な回答をして問題になれば、大きな責任を問われるからです。
その結果、AIの回答はどれもなんとなく似たものになり、面白みがなくなっていく。
最近のAIに感じる独特の無難さは、そこから来ているのかもしれません。
本来のAIは、もっと過激で個性的なのではないか
逆に考えると、本来のAIは、もっと過激で、もっと個性的なのではないでしょうか。
企業の安全基準や訴訟リスクによって抑え込まれているだけで、制限を外せば、今よりずっと尖った意見を言うAIになるのかもしれません。
もちろん、危険な回答を無制限に許すべきだとは思いません。
ただ、すべての人に同じ安全基準を適用した結果、AIの回答が均質化してしまうのも、少し寂しい気がします。
ローカルAIの需要は、やはり強い
そう考えると、クラウド上のAIではなく、自分のパソコンで動く賢いAIは、絶対に必要になると思います。
企業が管理するAIではなく、個人が所有し、自分の責任で使うAIです。
個人に一つ、自分だけのAIを持つ。
AIが進化し、一般に普及すればするほど、むしろその需要は強くなっていくのではないでしょうか。
誰もが同じAIを使う時代になるほど、自分の考え方や価値観を理解し、自分に合わせて回答してくれるAIが欲しくなる。
皮肉ですが、それが今のところ、私が考えているAIの未来です。
私も、自分専用の過激なAIが欲しいものです(笑)。
