無料にしたら、レビューが悪化した話――「価値と価格」を分けて考えることは、人生に複利で効く

人生複利 - 複利&習慣

私は以前から、

「多くの人は、値付けされていないと、その価値を正しく認識できない」

という仮説を持っています。

そして今回、その仮説が、より強い確信に変わる実験をしました。

それは、今まで広告と課金をつけていた3つのアプリを、広告なしの完全無料にしたことです。

課金機能として残したのは、「サポーター制度」という買い切り課金だけ。

ただし、それを買ったからといって、何か特別な機能が増えるわけではありません。アプリの内容は、すべて無料のままです。

つまり、

「このアプリを応援したいと思った人だけ、サポーターになってください」

という仕組みにしました。

対象となった3つのアプリは、合計すると毎月、新規で3,000ダウンロードくらいされていたと思います。

広告もなくなり、すべての機能が無料で使える。

利用者にとっては、以前よりも明らかに条件が良くなったはずです。

それでは、結果はどうなったのか。

サポーターは、ゼロでした。

そして、さらに驚くべきことに、レビューが悪化したのです(!!)。

良いことなし。

単純に、今まであった売上を捨てただけ、という結果になりました。

【動画】

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無料にすると、価値まで低く見られる

なぜ、このような結果になったのでしょうか。

もちろん、レビューが悪化した原因が、無料化だけだったと断定することはできません。

ただ、少なくとも今回の結果を見る限り、

「無料にすれば、利用者は喜んでくれる」

という単純な話ではなさそうです。

おそらく、多くの人は、

「価格=価値」

だと思い込んでいるんですね。

有料で販売されていれば、それなりに価値のあるものだと思う。

反対に、無料で配られていれば、大した価値のないものだと思う。

提供されている中身は同じなのに、価格がなくなったことで、アプリそのものの価値まで低く見られてしまったのではないかと思います。

無料だから気軽に使う。

気軽に使うから、少しでも気に入らないところがあれば、すぐに低い評価をつける。

お金を払っていないので、提供されていること自体へのありがたみも感じにくい。

すべての利用者がそうだとは思いません。

それでも、無料にすることが、必ずしも満足度の上昇につながるわけではないことは、今回の実験でよくわかりました。

株式市場でも、価格が価値を作っている

これは、株式市場でも同じです。

株価が上がると、人はその株を欲しくなる。

株価が下がると、その株はいらなくなる。

本来なら、同じ会社の株が安くなったのなら、以前より欲しくなってもよさそうなものです。

しかし、実際には逆のことが起こります。

株価が上がると、

「この会社には価値がある」

と思われる。

株価が下がると、

「この会社には何か問題がある」

と思われる。

つまり、多くの人は、価値を見て価格を判断しているのではありません。

価格を見て、価値を判断しているのです。

値段が上がっているから、価値がある。

値段が高いから、良い商品である。

値段がないから、価値がない。

人間は、自分が思っている以上に、価格という数字に影響されています。

価格と価値のズレにチャンスがある

逆に考えれば、ここに商売人や投資家、そして我々のような個人開発者のチャンスがあります。

価格と本当の価値は、必ずしも一致しません。

価値があるのに、安く見られているものがある。

実際には大した価値がないのに、高い値段がついていることで、価値があるように見えているものもあります。

そのズレを見つけられる人は、商売でも投資でも有利になります。

そして、商品を提供する側にとって、価格は単なる売上のための数字ではありません。

「この商品には、これだけの価値があります」

と利用者に伝えるための数字でもあります。

今回、私はアプリを完全無料にしてみて、

「価値のあるものを無料で提供することは、ある意味では罪なのかもしれない」

と思いました。

本当に価値のあるものなら、きちんと値段をつけて、お金を取ったほうが良い。

それは、売上を得るためだけではありません。

使う人に、その商品の価値を正しく認識してもらうためでもあります。

「価値と価格は違う」と知ることは、人生に複利で効く

価値と価格は同じではない。

こんな、少し考えればわかる簡単な事実を、資本主義はきれいに隠しています。

例えば、ブランド物のバッグです。

実用品として考えるなら、もっと安いバッグでも、物を運ぶという役割は十分に果たせます。

それでも、数十万円するブランド物のバッグが、喉から手が出るほど欲しくなる。

原価が安いことを知っていても、そんなことは関係ない。

むしろ、高いからこそ欲しいということさえあります。

人に見える形で高価なものを所有し、自分の豊かさや地位を示そうとする消費は、「顕示的消費」と呼ばれます。

また、高い価格そのものが商品の魅力を高める現象は、「ヴェブレン効果」と呼ばれています。

そして、

「高いのだから、きっと品質も良いのだろう」

と価格を品質の判断材料にする傾向もあります。

価格は、単なる支払い金額ではありません。

その商品の価値を、私たちの頭の中に作り出す力を持っているわけです。

高価であること自体に価値があった時代

かつてヨーロッパでは、紅茶や砂糖、胡椒などの香辛料は、遠い地域から運ばれてくる高価な輸入品でした。

現在のように、誰でも気軽に買えるものではありません。

特に砂糖や紅茶は、上流階級の社交や、豊かさを象徴する品でもありました。

「こんな高価なものを、私は一杯の紅茶に使えるんですよ」

という、見せびらかしの意味もあったわけです。

私は子どものころ、歴史の教科書でそのような話を読んで、

「確かに砂糖も紅茶も胡椒もうまいけど、そこまで我慢できないものなのか?」

と思ったものです。

その当時は、それが貴族同士の間接的なマウンティングになっていたことなど、知りませんからね。

要するに、彼らにとっては、高価であること自体に意味があったのです。

誰でも手に入るものでは、自分の豊かさを示せない。

高ければ高いほど、持っていることに価値が生まれる。

現代のブランド品や高級車、高級住宅にも、似た部分があるのではないでしょうか。

幻想の価値を追いかけると、人生は苦しくなる

こうした幻想の価値に無自覚に振り回されると、人生はどんどん苦しくなります。

高いものを買っても、さらに高いものを持っている人が現れる。

広い家を買っても、さらに広い家に住んでいる人がいる。

高級車を買っても、さらに高級な車が欲しくなる。

価格を価値だと思っている限り、この競争に終わりはありません。

だからこそ、

「自分にとっての本当の価値と、その商品の価格は見合っているのか」

を、常に考える必要があります。

値段が高いから欲しいのか。

自分の生活が本当に良くなるから欲しいのか。

他人に見せるために欲しいのか。

自分が毎日使い、満足できるから欲しいのか。

この違いを理解することは、人生全体に大きな影響を与えます。

小さな判断の差が、長期では大きな差になる

価値と価格を分けて考える習慣は、人生に複利で効きます。

高いという理由だけで物を買う人と、自分にとって本当に価値のある物だけを買う人。

一度の買い物では、それほど大きな差には見えません。

数万円、数十万円の違いでしかないかもしれません。

しかし、この判断を10年、20年と繰り返すと、大きな差になります。

使わなかったお金は、貯蓄や投資に回せます。

借金を減らすこともできます。

働く時間を減らすこともできます。

本当にやりたいことに、時間やお金を使うこともできます。

一度の判断は小さくても、それが積み重なれば、人生の自由度に大きな差が生まれます。

これが、私の考える「人生複利」です。

本当に価値のあるものには、値段がついていない

価格のついていないものを軽視してしまう問題は、買い物だけではありません。

睡眠。

散歩。

運動。

読書。

家族と過ごす時間。

義務教育で身につけた読み書きや計算。

図書館で読める本。

インターネットで公開されている知識。

これらは無料か、ほとんどお金がかかりません。

しかし、人生に与える価値は非常に大きい。

睡眠を十分に取れば、翌日の判断力や仕事の質が上がります。

運動を続ければ、健康を維持しやすくなります。

読書を続ければ、知識が増え、その知識が次の知識を理解する助けになります。

家族との時間を大切にすれば、人間関係が積み重なっていきます。

健康、知識、人間関係、習慣。

こうしたものは、毎日少しずつ積み上がり、時間とともに複利のように大きくなっていきます。

ところが、値段がついていないために、多くの人はその価値を軽く見てしまいます。

反対に、高い値段がついた物には、大きな価値があると思ってしまう。

しかし、実際の人生を大きく左右するのは、値段の高い物ではなく、無料か、ほとんどお金のかからない習慣だったりします。

価格ではなく、自分にとっての価値を見る

価格ではなく、価値を見る。

この習慣を身につけるだけで、同じ収入でも、同じ時間でも、人生の豊かさは大きく変わるのではないかと思います。

重要なのは、安いものだけを買うことではありません。

高いものを買ってはいけない、という話でもありません。

自分にとって本当に大きな価値があるのなら、高いお金を払っても良いのです。

毎日使う仕事道具。

生活の負担を大きく減らす家電。

家族との思い出になる旅行。

健康を守るための費用。

時間を生み出してくれるサービス。

価格以上の価値があると自分で判断できるなら、それは良い買い物です。

大切なのは、

「高いから価値がある」

ではなく、

「自分にとって価値があるから、この価格を払う」

という順番です。

では、なぜこの記事は無料なのか

ここまで読むと、

「じゃあ、なんでこの記事は無料なの?」

と思うかもしれません。

理由は単純です。

私は、この記事そのもので儲けようと思っていないからです。

別にお金を稼げるポイントがあるなら、無料で提供することは悪い手ではありません。

無料の記事を読んでもらうことで、自分の考えを知ってもらう。

無料のサービスを入り口にして、別の商品を買ってもらう。

無料のコンテンツによって信用を積み上げ、別の場所で収益を得る。

このように、無料の先に別の収益源があるなら、無料は非常に強い戦略になります。

一方で、その商品自体で稼ぎたいのであれば、適切な価格をつける。

その商品ではなく、別のもので稼ぐのであれば、無料で提供する。

結局は、そういうことなのだと思います。

価値のあるものには、ちゃんと値段をつける

無料にすれば、必ず喜ばれるわけではありません。

むしろ、値段をなくすことで、価値までなくなったように見られることがあります。

価値のあるものには、ちゃんと値段をつける。

そして、物を買う側になったときは、値段ではなく、自分にとっての本当の価値を見る。

この二つを意識することが、商売だけではなく、人生そのものを豊かにするのだと思います。

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