お金は、誰にとっても永遠に「二番目に大事な存在」です。この順位を勘違いすると、人生は途端に不幸になります。
なぜ一番ではなく、二番なのか。それはお金の定義を見れば明らかです。経済学において、お金には以下の3つの機能があるとされています。
価値の尺度(モノやサービスの価値を測るモノサシ)
交換の媒介(モノやサービスをスムーズに 교환する手段)
価値の保存(今の価値を将来に持ち越す器)
お気づきの通り、これらはすべて「何かの代替(手段)」でしかありません。お金そのものを食べることはできませんし、お金があなたを愛してくれるわけでもないのです。
「お金が欲しい」という願望の裏側には、必ず「お金よりも大事な何か(健康、愛、自由、安心など)」が存在します。本来は、その「一番大切なもの」を手に入れるためのチケットとしてお金が欲しいはずです。
しかし、資本主義の恐ろしいところは、いつの間にか「手段」が「目的」へとすり替わってしまうことにあります。お金を一番の目的にしてしまった結果、本来守りたかったはずの健康や人間関係、大切な時間を差し出してしまう人が後を絶ちません。
なぜ「三番以下」ではなく「二番」なのか?
「じゃあ、お金なんて気にしなくていいのか」というと、そうはいかないのが現実の残酷なところです。なぜなら、お金は「持たざる者」を容赦なく攻撃してくるからです。
あなたにとって「一番大切なもの」以外と比べれば、大抵のことはお金の方が大事になってしまいます。お金がなくなると、あらゆるストレスが襲いかかり、脳の思考力は低下し、長期的な視点で物事を考える余裕や行動力を根こそぎ奪っていきます。「一番大切なもの」を守るための土台すら崩されてしまうのです。
一番にすると、大切なものを失う。
軽視すると、人生の余裕を奪われ攻撃される。
だからこそ、お金は「永遠の二番」なのです。
一番の座を決して明け渡してはいけませんが、絶対にないがしろにもできない。現代を生きる私たちは、この「非常に厄介で強力な二番手」と、冷静にうまく付き合っていく必要があるのです。

