Web小説と個人開発を同じ場所で回す理由

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私は、Web小説と個人開発を、あえて同じ場所で回しています。

普通に考えると、これは少し変です。

小説は小説でまとめた方が分かりやすい。
個人開発は個人開発でまとめた方が伝わりやすい。
実際、世の中の多くの人はそうしていると思います。

けど私は、この二つを分けすぎない方が、自分にとっては強いと思っています。

なぜか。

理由は単純で、この二つが、私の中では完全に別物ではないからです。

むしろ、かなり強いループになっています。

個人開発で時間ができる。
その時間で、文章と思考が磨かれる。
磨かれた文章と思考が、また開発や事業に返ってくる。

この循環が、思っていた以上に強いのです。

個人開発は、単にお金を生むだけではない

個人開発というと、どうしても「サービスを作って収益を得ること」に目が向きます。

もちろん、それは大事です。
むしろ大事だからこそ、私は個人開発をやっています。

時間を切り売りしない仕組みを少しずつ作る。
小さくても、自分が寝ている間にも働いてくれるものを増やす。
そうやって、生活と時間の土台を作っていく。

これは、私にとってかなり大きなテーマです。

ただ、個人開発の価値は、収益だけではありません。

一番大きいのは、時間の質が変わることだと思っています。

個人開発によって、自由になる時間が少し増える。
あるいは、同じ時間でも、消耗ではなく創作や思考に振れるようになる。

この差が大きい。

人は、疲れ切った状態では、なかなか深く考えられません。
文章も荒くなるし、発想も浅くなるし、長い目線でものを見にくくなります。

逆に、少し余白があると、考えられる。

物語について考えられる。
人生について考えられる。
AI時代に何をやるべきか、みたいなことも考えられる。

この「考えられる状態」に入れること自体が、実はすごく大きなリターンです。

書くことは、思考を磨く

私は、小説やブログを書くことで、文章だけでなく、思考そのものが磨かれていると感じます。

文章を書く時って、頭の中でぼんやりしていたものを、言葉として外に出さないといけません。

なんとなく良いと思っていた考えも、書こうとするとスカスカだったりする。
逆に、うまく言葉にできた時に、「あ、自分はこう考えていたのか」と初めて分かることもあります。

書くことは、思考の整理でもあり、思考の鍛錬でもあるんですよね。

しかも、小説を書くと、それがさらに強くなります。

小説では、人間の感情、動機、欲望、矛盾、見栄、執着みたいなものを考え続けます。
誰が何を望み、なぜ動き、なぜ失敗し、なぜ変わるのか。

これを考えていると、人間を見る目が少しずつ細かくなる。

そして、人間を見る目が細かくなると、開発や事業にも効いてきます。

なぜこの導線で離脱するのか。
なぜ人はこれを面倒だと感じるのか。
なぜ同じ機能でも、使いたくなるものと使いたくならないものがあるのか。

結局、サービスを使うのも人間です。
事業も、最後は人間理解の勝負です。

そう考えると、小説を書くことは、遠回りに見えて、実はかなり実務的でもあります。

開発は、書くことを現実に支えてくれる

逆方向の効き方もあります。

文章や小説を書くことは、どうしても不安定です。

書いてすぐに結果が出るわけではないし、気分にも左右されるし、手応えが薄い時期もあります。
しかも創作は、時間がかかるわりに、すぐお金になるとは限りません。

だから、書くことだけで踏ん張るのは、結構きつい。

ここで個人開発が効いてきます。

小さくても、自分の作ったツールやサービスが誰かの役に立つ。
少しでも収益が出る。
すると、「書くこと」を焦って換金しなくて済むようになります。

これは大きいです。

創作に一番良くないのは、たぶん、目先の不安にずっと首を絞められることです。

もちろん締切や制約が良い方向に働くこともあります。
けど、生活の不安でずっと神経が削られる状態だと、文章が痩せやすい。

個人開発で土台を作ると、その圧が少し減る。

すると、文章が落ち着く。
視野が広がる。
考えが深くなる。

そして、深くなった文章は、またブログや小説として蓄積される。

つまり、個人開発は創作の敵ではなく、むしろ創作の土台なんですよね。

同じ場所でやるから、ループが見える

これを別々の場所でやる方法もあります。

小説は小説サイト。
開発は別ブログ。
ノウハウはnote。
SNSはまた別。

それでも成り立つ人はいると思います。

けど私は、同じ場所で回した方が、この循環がはっきり見えると思っています。

このサイトでは、小説があり、個人開発があり、ツールがあり、ブログがあります。

一見すると、バラバラです。

でも自分の中では、全部つながっています。

ツールを作るから、時間が生まれる。
時間が生まれるから、書ける。
書くから、思考が磨かれる。
思考が磨かれるから、もっと良いツールや導線や事業の発想が出る。

これが、同じ場所にあることで見える。

そして、見えること自体が大事です。

自分にとっても、読んでくれる人にとっても、
「この人は、こういう循環で生きようとしているんだな」
というのが分かるからです。

私は、ただ雑多にいろんなことをしているわけではありません。

物語と事業。
創作と仕組み。
自由と積み上げ。

それらを別々にやっているようで、実際には一つの流れとしてやっています。

これはループであり、複利でもある

最近、これって単なる相乗効果ではなく、複利に近いなと思います。

個人開発で少し時間ができる。
その時間で書く。
書いたことで文章力と思考力が少し上がる。
その力で、ツール紹介や導線設計やサービスの説明も少し良くなる。
すると、また開発や事業が少し前に進む。
その結果、また時間ができる。

一回一回は小さいです。

でも、これが何回も回ると、じわじわ効いてきます。

筋トレみたいに、ある日いきなり全部変わるわけではありません。
けど、半年、一年、数年と続くと、かなり差がつく。

私は、この手の差は、たいてい一発の才能ではなく、
回るループを持っているかどうか
で決まると思っています。

だから、Web小説と個人開発を同じ場所で回しています。

片方が片方の邪魔をするからではなく、
片方が片方を育てるからです。

AI時代だからこそ、この組み合わせは強い

AIのおかげで、個人開発のスピードはかなり上がりました。

昔なら「わざわざ作るほどでもないな」と思っていた小さなツールも、今はかなり作りやすい。
自分専用の道具も作れるし、それを公開して誰かの役に立てることもできる。

つまり、個人で仕組みを作るハードルが下がっている。

一方で、AI時代は、文章と思考の価値もむしろ上がると思っています。

みんながそれっぽい文章を出せる時代だからこそ、
何を考えている人なのか。
何を大事にしているのか。
どんな経験を、どう受け取ったのか。

そういう、その人の中身が前より見られるようになる。

だから私は、
AIで開発を加速させつつ、
人間として書くことはむしろもっと大事になる、
と思っています。

個人開発だけでも弱い。
創作だけでも不安定。
けど、この二つをうまく回すと、かなり強い。

少なくとも、私はそう感じています。

終わりに

Web小説と個人開発を同じ場所でやるのは、効率が悪そうに見えるかもしれません。

けど自分の中では、かなり合理的です。

個人開発で時間を作る。
その時間で書く。
書くことで文章と思考を磨く。
磨かれた文章と思考で、また開発と事業を良くする。

この循環があるから、両方をやっています。

そしてたぶん、これからもしばらくは、このやり方で行くと思います。

AI時代に何を軸に生きるか。
その問いに対する、今の自分なりの答えの一つが、
物語と事業を、同じ場所で育てること
だからです。

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