AI時代に、人間の物語を書く理由

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ChatGPTを触っていると、文章の世界もかなり変わったなと思います。

構成を考えるのも速い。
誤字脱字も拾ってくれる。
言い換えも出せる。
文章の調子を整えるのも上手い。

実際、私はAIをかなり使っています。
個人開発でも使うし、文章を書く時にも使うし、小説の推敲でも使う。

なので、「AIなんて大したことない」と言いたいわけではありません。
むしろ逆で、AIは相当強いです。

それでもなお、私は、人間の物語を書く価値はこれからむしろ上がると思っています。

なぜか。

三つあります。

物語は、人間の経験の受け取り方から生まれる

物語は、単なる情報の組み合わせではありません。

人が何を見て、何に傷つき、何に救われ、何を恥じて、何を諦めきれなかったか。
そういう経験の堆積から生まれます。

しかも大事なのは、経験そのものよりも、経験の受け取り方です。

同じ出来事が起きても、ある人は笑い話にして、ある人は十年引きずる。
ある人は怒りに変えて、ある人は優しさに変える。
そのズレが、人間一人ひとりの物語の種になります。

AIも今後、いろいろな意味で「経験」らしきものは増えていくでしょう。
カメラや音声やセンサーを通して、世界を取り込むこともできるはずです。

でも、それを人間と同じようには受け取れないと思います。

人間は、体があるからです。
疲れるし、老いるし、痛いし、眠いし、腹が減る。
見栄も張るし、嫉妬もするし、昔言われた一言が何年も刺さったりする。

この、有機体としてのややこしさ。
この、非合理で、面倒で、湿った感じ。

私は、物語の核はここにあると思っています。

AIは大量の文章を学習して、それっぽい形を作ることはできる。
でも、「人間として受け取った経験の歪み」までは持てない。

だから私は、物語の最後の芯は、まだ人間側に残り続けると思っています。

人間は、有機体だからひらめける

もう一つ、人間が強いと思っている点があります。

それは、突拍子のないことを思いつく力です。

いわゆる、ひらめきです。

人間の脳は、綺麗に整理された計算機ではありません。
体調に左右されるし、気分にも左右されるし、記憶も曖昧です。
無駄も多いし、勘違いもするし、論理もよく飛びます。

でも、創作ではそこが強い。

散歩中に急に思いつく。
風呂でつながる。
寝る前に変な結びつきを思いつく。
関係ない記憶と記憶が、なぜか頭の中で衝突して、一気に何かが生まれる。

これは、あまりにも人間的な創造です。

AIは整った答えを出すのが得意です。
平均点の高い案を出すのも得意です。
でも、創作で本当に欲しいのは、平均点の高さだけではありません。

「なんでそんなこと思いついたの?」という飛躍。
「普通は結びつかないだろ」という接続。
そういう妙なひらめきが、作品を作品にします。

私は、この飛躍の起点では、まだ人間の方がかなり強いと思っています。

AIアインシュタインには金が集まる。でもAIシェイクスピアにはお金が集まりにくい

ここが、私が物語はAIに代替され切らないと思っている一番大きな理由です。

国家の覇権を争う中で、AIアインシュタインにはいくらでもお金を突っ込める。
でも、AIシェイクスピアにはお金を突っ込めない。

なぜか。

AIアインシュタインが生まれたら、科学技術、軍事、創薬、半導体、エネルギー、あらゆる分野に直結するからです。
そこには、国家も企業も、巨額の資本を投じる明確な理由があります。

一方で、物語はそうではありません。

もちろん、エンタメ産業は大きいです。
でも、物語の価値は、単純に性能を上げれば伸びるものではない。

小説や漫画や映画って、平均点が高いから刺さるわけではないんですよね。
むしろ、ある人には異常に刺さるけど、ある人には刺さらない、みたいな偏りの中で名作が生まれることが多い。

つまり、物語の世界は、科学技術みたいに「金を突っ込めば突っ込むほど性能が線形に上がる」という構造ではないのです。

ここが大きい。

国家や巨大企業は、勝てる場所には本気で投資します。
でも、魂を震わせる物語を作るために、同じ熱量で無限に資金が投下される世界にはなりにくい。

だから、AIは物語の周辺作業をどんどん奪っていくかもしれない。
構成補助、要約、推敲、翻訳、編集、表現の調整。
そのあたりは、ものすごく強くなると思います。

でも、物語の中心核まで完全に置き換える方向には、世の中全体の資本がそこまで集中しない。
私はそこに、人間の書く物語が残る余地を見ています。

だから私は、人間として書く

私は、AIを否定したいわけではありません。

実際、AIは心強いです。
一人で何かを作る人間にとって、これほど便利な道具はなかなかない。
推敲でも、壁打ちでも、補助輪としてかなり優秀です。

でも、それと、人間の物語が不要になるかは別の話です。

むしろAI時代だからこそ、何を見て、どう傷ついて、どう受け取ったのか。
その人の経験の癖みたいなものが、前より大事になると思っています。

綺麗な文章だけなら、これからもっと簡単に作れるようになるでしょう。
平均的にうまい話も、今よりもっと増えるはずです。

だからこそ逆に、
その人にしか出せない経験の歪み、
その人にしか飛べない発想、
その人の体を通った言葉。

そういうものの価値は、下がるどころか、むしろ上がるはずです。

私は、そういう時代に書きたい。

仕組みを作って自由を増やし、
その自由の中で、人間にしか書けないものを書く。

AI時代に、人間が物語を書く理由は、たぶんそこにあります。

終わり。

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