異星の商人

オリジナル小説
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ある時、宇宙人が地球に来訪した。

地球側は彼らの侵略を懸念し、代表者同士による会談の場を設けた。

「我々は、あなた方に敵意を持ってはおりません。どうかご安心を」宇宙人は、紳士的な身のこなしと、穏やかな表情で語りかけた。

「それを聞き、安心いたしました。それでは、地球にはどのような目的でいらしたのですか?」地球代表が尋ねた。

「はい。我々は“商人”です。様々な星々を巡り、商品を取引しております」

宇宙人は笑みを浮かべ、こう続けた。

「そして、この星でぜひとも仕入れたい品があるのです。我々の星では、非常に得難い品でして」

「ほう、それは一体どのような品でしょうか?」地球代表は興味深げに尋ねた。

「それをご説明する前に、まずは我々の母星についてお話しさせてください。我々の星は、あなた方の星の100倍の大きさと人口を有しています。当然ながら、文明レベルもあなた方よりはるかに進歩しています。さらに……」

宇宙人は淡々と話を続けた。地球代表は平静を装いつつも、その壮大な話のスケールに、内心では冷や汗をかいていた。もし彼らの話が事実なら、地球人に勝ち目はないだろう。

宇宙人は自らの星がいかに優れているかをひとしきり語ると、一息ついて再び話し出した。

「そのような状況のなか、この星で我々にとって非常に価値のある資源を発見したのです。我々の星では産出できない、まさに奇跡のような物質です」

「期待を持たせずに、早く教えてください。一体、それは何ですか?」代表は先を促した。

「承知しました。それは、地球人の、排泄物です」

「失礼ですが、何と仰いました?」代表は耳を疑った。

「あなた方地球人の排泄物です。我々の調査で、それが我々の星の植物にとって、この上ない肥料となることがわかりました。つきましては、その排泄物を譲っていただけないでしょうか」

代表は驚きを隠し、平静を保ちながら宇宙人に尋ねた。

「我々の排泄物に価値があるとは、思いもよりませんでした。差し支えなければ、どれほどの量をお求めでしょうか?」

「可能な限り全てです。もちろん、対価はお支払いします。」

「承知しました。ご要望は理解いたしました。しかし、対価といっても、地球の通貨はお持ちではないでしょう」

「ええ、私たちが使用しているのは、あなた方が使っている紙幣とは異なります。ですが、地球ではこの物質に価値があると伺いました。こちらをお支払いしようと思います」

宇宙人はそう言いながら、懐から小さな、光り輝く粒を取り出した。

代表はそれを受け取り、しげしげと見つめた。

「これは……、金、でしょうか?」

「ええ。あなた方の星では、金は非常に価値あるものだと伺っております。実は、この物質は我々の星にも存在するのです。その粒は、どうぞお納めください」

「なるほど。確かに金は、我々の星では貴重なものです。わかりました。可能な限り排泄物を収集するよう手配いたしましょう」

「ありがとうございます。あいにく、金にそれほどの価値があるとは思いもよらず、今は持ち合わせがございません。母星に戻り用意してまいります。2年後にお伺いしますので、契約書は追って送付させていただきます。では、早速戻らせていただきます。時間が貴重ですので」

宇宙人が去った後、この排泄物と金の交換の話は、瞬く間に世界中へ広まった。

そして、世界中で かつてない規模の排泄物収集フィーバーが巻き起こった。

人々は排泄後、それを専用の容器に密閉し、冷凍保存するようになった。宇宙人から、できるだけ新鮮なものが欲しいと言われたためだ。

排泄物収集量で富豪たちが競い合うようになった。

ところが驚くべきことに、半年後、宇宙人から届いた契約書には、予想外の条件が記されていた。

「排泄物1gにつき、金1gを対価とする」と。

追記として、「我々の星では金は掃いて捨てるほどあるため、ぜひ毎年交換させていただきたい」とまで書かれている。

金を保有する富豪たちは、この内容に愕然とした。

金の供給量が、過剰になるのは明らかだ。

金は、その希少性ゆえに価値がある。それが、排泄物1gと金1gが交換されるとなれば、金の年間供給量は従来の数百倍にまで膨れ上がる計算になる。

元々、宇宙人が金を持ち込むという話で緩やかに下落していた金価格は、この交換比率が公表された途端、暴落の一途をたどった。富豪たちは、金から他の資産へと次々に乗り換え、資産防衛に奔走した。 金の価格は、瞬く間に数十分の一にまで下落した。

金の暴落により、あれほど熱狂的だった排泄物収集熱も急速に下火となっていった。

交換される金自体の価値が暴落したため、排泄物収集は、保管設備の維持費をわずかに上回る程度の利益しか出なくなってしまったのだ。

人々は、我先にと排泄物を金に換えていた頃の熱狂が嘘のように冷めていき、やがて、街中に設置されていた最新鋭の排泄物回収ステーションは、閑古鳥が鳴くようになった。

この状況に、地球の代表達は焦燥を覚えていた。熱狂の終焉はあまりに早く、協定で定められた量の排泄物を、二年以内に用意することは絶望的な状況に陥っていた。「このままでは、宇宙の商人たちの機嫌を損ねてしまわないか」「最悪の場合、一方的に契約を破棄されてしまうのではないか…」代表達は、来る日も来る日も、重苦しい会議を続けた。

しかし、代表達の心配は杞憂に終わる。協定で定められていた二年が過ぎ、三年が経とうとも、宇宙の商人たちは、地球に姿を現すことはなかったのだ。

突然の事態に、地球人は狼狽し、呆然とした空気に包まれた。ほどなく、大量に貯蔵されていた排泄物は、使い道がないと判断され、段階的に廃棄処分となった。こうして、狂乱の日々は終わりを告げ、やがて人々の間には、元の日常が戻ってきた。

……ところが、それからしばらくして、不可解な出来事が起きていた。

宇宙人が来訪せず、取引が行われなかったことから、市場では金が再び価値あるものとして再評価され、急激な買い戻しが起こったのだ。

人々は、あの熱狂を後悔し、価値が戻った金を、いまのうちにと、手に入れようと躍起になった。しかし、その時には、地球上からほとんどの金が消失していることが判明したのだ。

*******************

「奴らの間抜け面を、見ましたか?」

例の宇宙人が、同僚に勝ち誇ったように語りかけた。

ここは宇宙船の中。彼らは、実は密かに地球に舞い戻っていたのだ。そして、前もって地球に潜伏させていた同僚と、大量の金を積み込み、自分たちの星へと帰還する途上である。

「ええ、傑作でしたね」同僚がほくそ笑んだ。

「地球人どもときたら、我々の言葉を鵜呑みにして、せっせと排泄物をかき集めておりましたな。あんな汚物に、金と同等の価値があると本気で信じているのだから、滑稽でなりません」

「全くです。金こそが宇宙で最も価値あるものに決まっているというのに。排泄物1gと金1gを交換するなどという虚言を弄した時からの暴落ぶりは、実に愉快でしたな」同僚がしたり顔で言った。

「おかげで、金は二束三文同然で買い集められましたな」

「我々は“商人”ですからね。安く買って、高く売る。当然のことです」

「さぁ、さっさと星に帰り、この金を売り捌くとしましょう」

こうして、彼らが再び地球を訪れることはなかった。

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