汝、星のごとく【書評】

読書
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2023年本屋大賞を受賞した小説『汝、星のごとく』を読んだので書評です。

*ネタバレがあるので、読む際は十分に注意してください。

二人の男女の成長の物語

風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海(あきみ)と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂(かい)。
ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。
生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。

汝、星のごとく Amazonの紹介文

本書は、正しくない大人達に振り回され、自分の思い通り生きることができない二人の男女の愛の物語です。

男性側の主人公である櫂(かい)の母親は恋愛バカで、女性側の主人公である暁海(あきみ)の家庭は父親の不倫がきっかけで崩壊状態。そんな状態の二人が惹かれあい、そして成長するにつれすれ違い、最後に思い通りに生きる物語です。

これは「赦し」の物語

私は、この本のテーマは「赦し」だと思いました。

「赦し」は、他の人のことを赦すことはもちろん、自分も含めてです。

この物語には他人や自分を「赦せる大人」と「赦せない大人」が明確に別れて描かれています。赦せる大人は、自立した存在で、赦せない大人は誰かに依存せずにはいられない人です。

本書は、主人公である暁海の夫が恋人の元に行く。という不思議な始まり方をします。そのことに何の不満も抱いていないように見える暁海。始まりから違和感マックスです。

読んでいる私たちは「え?夫が他の女のところに堂々と不倫しに行く?こんなこと倫理的に許せるの?」と思います。

暁海の周りの島の人たちも同じように「よく許してるわよね」と世間話をしています。

実は、小説の最後に、最初のこのシーンに戻るのですが、暁海がなぜ恋人の元に行く夫を赦しているのか、その理由がわかります。そして、私たちも小説の最後には彼女達がなんら間違ったことはしていないと思うようになっています。つまり、この小説は、私たちまで「赦せない」側から、小説を読み進めるうちに世間の正しさなんてどうでも良くなり最後に「赦せる」存在へと変化を促される仕組みになっているのです。

残酷で美しい対比と予言

本書のストーリーは、美しい対比と予言が描かれています。

小説の冒頭、暁海は夫に不倫をされており、その不倫を認めています。これは、小説のメインの時間軸である暁海が17歳の時、暁海のお父さんが不倫をして不倫相手のところに行ってしまい、そして母親がその不倫を知っているがどうすることもできないと言う状態と同じなのです。つまり曉海は、17歳の時代と母と状況的には同じになっていることを示します。

櫂(かい)の方も、17歳の櫂の日常が描写される中で、自分の父親が胃癌で若くして亡くなっており、自分も父親と同じようなお酒の飲み方をしていると指摘されています。

櫂は将来、胃癌が間接的な原因によって死亡しますから、まさに父と同じ結末になります。

つまり、実は小説の始めの方に、すでに二人の将来の姿は暗に示されているのです(暁海の方は冒頭に描かれており、櫂(かい)は暗示的に)。

一見すると、二人は同性の親と同じ運命に辿りついたように見えますが、実は曉海は全く違う結果であり、そして櫂は気づいた時には手遅れになってしまい同じ道を辿ってしまったという、対比があります。

ここがこの小説の恐ろしくて心にズバッと刺さるものになっています。

また、物語の中盤には、上京した櫂と島に残った曉海の日常の対比が描かれています。東京という都会と、島という田舎の対比、そこに住む二人の成長の対比。そして都会でも田舎でも変わらなく存在している星。

このように大きな対比と予言が波のように様々な形で登場します。

主人公は暁海

物語は櫂(かい)と曉海の視点で展開されますが、この小説の真の主人公は暁海です。

物語の中盤から、島から出た櫂(かい)は成功の道を辿るように見え、逆に島に残った曉海はどんどん下り坂を下っているように見えます。

ですが、二人が真の解決しなくてはいけない問題から逃げていないのは曉海の方なので、櫂(かい)の成功は偽りの成功であり、逆に曉海の失敗に思える辛く退屈な日常は、偽りの失敗でした。

案の定、終盤に状況は逆転し、櫂は転落し、曉海は成功に向かいます。

そして、曉海は母親、父親など自分以外の人を赦し、最後には自分の生きたいように生きることで自分を赦し、最後には櫂を救います。

ですから、これは暁海の物語なのです。

感想・酒について

世間から見ると、どこまでも正しくなく不幸である小説の登場人物達が、実は周囲の目を気にして他人の評判を気にして生きる人達より最後には幸せを掴み、美しく生きていることが印象的な物語でした。

自立とは、「自分と他人を赦すこと」だと思いました。

また、小説では、酒が「赦せない人間」の装置として働いています。

赦せない大人である曉海の母、櫂の母親、現実逃避する時の櫂、自暴自棄の時の曉海など、赦すことができない時や人物の描写には酒が頻繁に登場します。

自力で「赦せる」側になれなかった櫂は酒に溺れて身を崩しました。

お酒が不穏な空気を運ぶので、お酒好きの自分としては怖くなりましたw

終わり。

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