相場師一代|是川銀蔵【書評】

読書
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是川銀蔵の『相場師一代』を読んだので書評です。

最後の相場師

本書は、最後の相場師と呼ばれた伝説の仕手株の名人である是川銀蔵さんが93歳の時に記した自伝です。

彼は95歳で亡くなられているので、本当に晩年に書かれた本です。

本当は自伝を書くつもりはなかったそうですが、他の人が勝手に書いた伝記があまりにも適当に書かれたものだったので、訂正しなくてはならないと思い筆を取ったそうです。

是川銀蔵が世間に知られたのは、1983年の高額納税者ランキングで、28億円を納税し、長者番付の第一位になったためです。

住友金属鉱山の株を買い占めて、200億円もの利益を得たことが理由でした。個人で200億円もの利益を上げることは前代未聞であり、そのために最後の相場師と呼ばれました。

相場師というが、実は実業家

私も金融市場で働いていた経験があるので、是川銀蔵の名前だけは知っていました。

失礼ながら、仕手株で儲けるような博打打ちだと決めつけていたのですが、本書を読んで間違っていたことを知りました。

実は是川銀蔵は、株取引を開始したのは34歳の時で、それまでは実業家でした。

しかも相当にガッツのある働き方で、自分が丁稚奉公していた商店が潰れたのをきっかけに単身で大連に渡り、日本軍について行って軍お抱えの商人となり事業を成功させました。

その後、無一文になって日本に帰ってまた違う事業を行い成功させます。しかし取引銀行が倒産した煽りを受けてまた無一文になるも、そこから株式市場に挑戦して大成功させます。

驚くのが、このままずっと相場師を続けると思いきや、戦争の時に日本が負けそうになるとわかった途端に朝鮮に飛び、製鉄企業を立ち上げてしまったのです。

日本が戦争で負けたためにまたもや何もかも失ったのですが、彼自身は全然気力が衰えず、それどこらか日本に帰った時には、日本の食料問題を解決する必要があると、コメの二期米(1年に2回米を収穫する)の研究を行い、当時は不可能とされた二期米を実際に成功させてしまいました。

その後、ようやく株式市場にカムバックしたのはなんと60代の頃で、そこから数々の伝説的なディールを成功させたのです。

是川銀蔵の投資スタイル

是川銀蔵さんの投資スタイルも書かれていました。5ヶ条と3原則からなります。

投資5ヶ条

1 銘柄は人が奨めるものではなく、自分で勉強して選ぶ
2 2年後の経済の変化を自分で予測し大局観を持つ
3 株価には妥当な水準がある。値上がり株の深追いは禁物
4 株価は最終的に業績で決まる。腕力相場は敬遠する
5 不測の事態などリスクはつきものと心得る

カメ三則

1 銘柄は水面下にある優良なものを選んでじっと待つ。
2 経済・相場の動きからは常に目を離さず自分で勉強する。
3 過大な思惑はせず、手持ちの資金で行動する。

投資スタイルは割安成長株への早い段階からの投資ですね。

清原達郎さんや、株芸人の井村さんに近い投資スタイルだと思います。

住友鉱山株買い占め

住友鉱山株の買い占めは、是川銀蔵さんの一世一代の大勝負になるディールです。

1981年に、住友鉱山が鹿児島県の菱刈鉱山で金鉱脈を発見したと発表した際、いち早く現地に乗り込み、住友鉱山より先に最上の金脈があると確信し、株を買い占めました。さらに金脈は隣の土地にも広がっていると読み、その土地も土地の所有者から買い取ってしまいます。

彼が確信してからしばらく後で、地質調査をして本当に彼が言っていた通り世界有数の金の鉱脈があるとわかり、株は大暴騰し、是川銀蔵は200億もの大金を手に入れたのです。

ぜひ読んでほしい一冊

想像を絶する凄い人物でした。

日本を代表する起業家になっていてもおかしくないほどの傑物だと思いましたし、少しでも興味が湧いた人はぜひ読んでほしい自伝だと思います。

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