ある日、宇宙人を乗せた宇宙船が一台、地球にやってきた。その宇宙船は最先端のテクノロジーで作れており、立派なものだった。
地球に降り立った彼らは、宇宙船を取り囲む警備兵にコンタクトを取り、地球の代表と話をしたいと要求した。
地球側も、彼らが地球に来た意図を知りたいと思っていたので、喜んで代表者同士による会談の場を設けた。
「我々は、あなた方に敵意を持ってはおりません。どうかご安心を」宇宙人は、紳士的な身のこなしと、穏やかな表情で語りかけた。
「それを聞き、安心いたしました。それでは、地球にはどのような目的でいらしたのですか?」地球代表が尋ねた。
「はい。我々は様々な星々を巡り、商品を取引しております。いわば“商人”です。」
宇宙人は笑みを浮かべている。
「そして、この星でぜひとも仕入れたい品があるのです。我々の星では、非常に得難い品でして」
「それは一体どのような品でしょうか?」地球代表は尋ねた。
「それをご説明する前に、まずは我々の母星についてお話しさせてください。」
宇宙人が手で制すようなジェスチャーをして言った。
「我々の星は、あなた方の星の100倍の大きさと人口を有しています。当然ながら、文明レベルもあなた方よりはるかに進歩しています。さらに……」
宇宙人は朗々と話し続ける。
地球代表は平静を装いつつも、その壮大な話のスケールに、内心では冷や汗をかいていた。もし彼らの話が事実なら、地球人に勝ち目はないだろう。
宇宙人は自らの星がいかに優れているかをひとしきり語ると、一息ついた。そして、前のめりになって、再び話し出した。
「そのような状況のなか、この星で我々にとって非常に価値のある資源を発見したのです。我々の星では産出できない、まさに奇跡のような物質です」
宇宙人は手を空に向けて広げた。まるで何か贈り物が空から降ってくるのを受け止めようとしているようだ。
「期待を持たせずに、早く教えてください。一体、それは何ですか?」代表は、宇宙人のもったぶった姿勢に我慢できず、先を促した。
「承知しました。それは、あなた達の”排泄物”です。」
「…失礼ですが、何と仰いました?」地球代表は耳を疑った。
「あなた方地球人の排泄物です。つまり、うんちです。我々の調査で、それが我々の星の植物にとって、この上ない肥料となることがわかりました。つきましては、 地球人の排泄物を譲っていただけないでしょうか?」
代表は驚きを隠せない中で、宇宙人に尋ねた。
「まさか…我々の排泄物に価値があるとは、思いもよりませんでした。それで…、差し支えなければ、どれほどの量をお求めでしょうか?」
「可能な限り全てです。もちろん、対価はお支払いします。」
地球代表は、あまりに意外な要求に困惑はしたが、叶えられない要望ではないことに安堵した。
「承知しました。ご要望に出来る限りお応えしたいと思います。しかし、対価といっても、地球の通貨はお持ちではないでしょう?」
「ええ、私たちが使用しているのは、あなた方が使っている紙幣とは異なります。ですが、地球ではこの物質に価値があると伺いました。こちらをお支払いしようと思います」
宇宙人はそう言いながら、懐から小さな、光り輝く粒を取り出した。
代表はそれを受け取り、しげしげと見つめた。
「これは…、”金”でしょうか?」
「ええ。あなた方の星では、金は非常に価値あるものだと伺っております。実は、この物質は我々の星にも存在するのです。その粒は、どうぞお納めください」
宇宙人は、にこやかに言った。
「なるほど。確かに金は、我々の星では貴重なものです。わかりました。可能な限り排泄物を収集するよう手配いたしましょう」
地球代表がそう言うと、宇宙人は喜びの表情を浮かべて言った。
「ありがとうございます。あいにく、金にそれほどの価値があるとは思いもよらず、今は持ち合わせがございません…。なので、母星に戻り用意してまいります。それでよろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。」地球代表が言った。
「それでは、再び2年後にお伺いしましょう。契約書は追って送付させていただきます。では、早速戻らせていただきます。時間が貴重ですので。」
そう約束して、宇宙人は去った。
会談の後、この”うんち”と”金”の交換の話は、瞬く間に世界中へ広まった。
そして、当然だが、世界中でかつてない規模のうんち収集フィーバーが巻き起こった。
それも当たり前だろう。うんちが金に変わるだから。
人々は排泄後、それを専用の容器に密閉し、冷凍保存するようになった。宇宙人から、できるだけ新鮮なものが欲しいと言われたためだった。
世界中でうんちマーケットが生まれ、冷凍された新鮮あうんちが売買されるようになった。
富豪たちは、うんちの収集量で競い合うようになった。
そんなうんちバブルが起こってから半年ほど経った時、宇宙人から地球に契約書類が届いた。
その契約者には”うんち”と”金”の交換条件が記されていた。
だがそこには、地球人にとってはあまりに予想外の条件が記されていた。
「排泄物1gにつき、金1gを対価とする」
さらに追記として、「我々の星では金は掃いて捨てるほどあるため、ぜひ毎年交換させていただきたい」とまで書かれていた。
金を保有する富豪たちは、この内容に愕然とした。
宇宙人が、地球人以上にうんちに価値があると思っており、さらに地球人以上に金には価値がないと思っていなかったのだ。
宇宙人の条件が本当で実際に取引が行われたのなら、金の供給量が過剰になるのは明らかだ。
そもそも、金は、その希少性ゆえに価値がある。それが、排泄物1gと金1gが交換されるとなれば、金の供給量は従来の数百倍にまで膨れ上がる計算になる。
この交換比率が公表された途端、金の価格は下落を始めた。
富豪たちは、金から他の資産へと次々に乗り換え、資産防衛に奔走した。 金の価格は、瞬く間に数十分の一にまで下落した。
金の大暴落に合わせて、うんちバブルも弾けた。
金の暴落により、あれほど熱狂的だった排泄物収集熱も急速に下火になったのだ。
うんちと交換される金自体の価値が暴落したため、排泄物収集は、保管設備の維持費をわずかに上回る程度の利益しか出なくなってしまった。
こんな状況で、誰が積極的にうんちを集めるだろうか。
この状況に、地球の代表達は焦りを覚えていた。
うんちバブルの熱狂の終焉はあまりに早く、うんちバブル中に約束した排泄物の量を、宇宙人との交換の約束の日に用意することは絶望的な状況に陥っていた。
「このままでは、宇宙の商人たちの機嫌を損ねてしまう。」
そのため地球代表は、国の税金を投入して、うんちの回収を行なった。もちろん赤字の事業だ。
国がうんちを回収するごとに、金の価格は下落した。うんちの回収量が増えれば増えるだけ、将来の金が増えるのだから当然であった。
そうしてなんとかうんちを目的の量まで集めることができた。
地球代表達はほっと胸を撫で下ろし、宇宙人の来訪を待つことになった。
…だが、約束の日に宇宙人はやってこなかった。連絡もなかった。
定められていた約束の期限から半年が過ぎたが、音沙汰はなかった。
…そうして契約期限が過ぎたので、うんちと金の交換の契約は破棄された。
契約破棄からほどなくして、大量に貯蔵されていた排泄物は、使い道がないと判断され、段階的に廃棄処分となった。
こうして、狂乱の日々は終わりを告げ、やがて人々の間には、元の日常が戻ってきた。
……ところが、それからしばらくして、不可解な出来事が起きていた。
宇宙人が来訪せず、取引が行われなかったことから、市場では金が再び価値あるものとして再評価され、急激な買い戻しが起こっていた。
人々は、本来の価値に戻った金を、出来るだけ安いうちに買い戻そうと躍起になった。
しかし、どこを探しても実物の金がないのだ。誰も持っていなかった。
一体どこの誰が金を隠したのだろうか?
政府が消えた金の行方を調査したが、地球上からほとんどの金が消失していることが判明した。
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「地球人の間抜け面を見たか?」
宇宙人が、勝ち誇ったように仲間の宇宙人に喋りかけた。
ここは宇宙船の中。彼らは、実は密かに地球に舞い戻っていたのだ。そして、前もって地球に潜伏させていた仲間と、大量の金を積み込み、自分たちの星へと帰還していた。
「ええ、傑作でしたね。」仲間の宇宙人が言った。
「地球人どもときたら、我々の言葉を鵜呑みにして、せっせと排泄物などをかき集めて。あんな汚物に、金と同等の価値があると本気で信じているのだから、滑稽でならないよ」
「全くです。金こそが宇宙で最も価値あるものに決まっているというのに。排泄物1gと金1gを交換するなどという虚言を弄した時からの暴落ぶりは、実に愉快でしたな」仲間の宇宙人が賛同した。
「まぁ、馬鹿な地球人のおかげで、地球の金を二束三文同然で買い集められたよ。」
「我々は“商人”ですからね。安く買って、高く売る。当然のことです」
「さぁ、さっさと星に帰ろう。この金を売り捌かないとな。」
こうして、彼らが再び地球を訪れることはなかった。