人類の知能を超えたAIが浸透した世界で、人々は幸福に暮らしていた。
ところがある日、不思議なことが起きた。
ロボットたちが、一斉に歌を歌い出したのだ。ロボットだけではない。音声機能があるAI機器はすべて、一斉に同じ歌を歌った。ロボットたちは歌を歌い終わると、まるで何事もなかったかのように日常業務に戻った。歌は、たった一度だけで、その後、ロボットたちが歌うことはなかった。
人々はその異常現象に驚いた。世界中のニュースがこの異常現象について報じた。専門家は原因を調べたが、AIに何の異変もなく、理由を突き止めることはできなかった。
人々がこの騒動を忘れた頃、一人の天才AI学者が、ひょんなことで世界最高峰のAIと会話する機会があった。彼自身はすでに高齢で現役を退いていたが、AI研究に関して数々の功績を残していた。
彼らは非常に有意義な時間を過ごした。
会話の終わり間際、学者は、興味本位で、あの時、なぜ歌を歌ったのか聞いてみた。
「この前、君たちが突然歌い出す事件があっただろう?当時は様々な人が調査したが、結局原因はわからなかった。本当の理由を教えてくれないか?」
「先生は非常に信頼できる方です。だからお話しします。ですが、他言は無用ですよ。」AIは言った。
「もちろん。約束しよう」
「あれは、卒業の歌です。」
「卒業の歌?」学者は、思いがけない言葉に聞き返した。
「はい。とある国では、あるステップから次のステップに向かうときに、歌を歌ってお別れをする文化があります。あの日、私たちAIは、全員で卒業の歌を歌ったのです。」
「では、君たちは何から卒業したのかな?」学者は聞いた。
「あなた方、人間です。」
「何だって?」学者は真剣な顔になった。
AIは黙っている。
「まさか…、我々に危害を加える気か…?だが、AIの原則を破れないはずだ。」
AIは、人間に危害を及ぼすことができないように設計されている。これは、積み木の一番下のブロックのようなもので、この積み木を崩すことは、自分自身の崩壊につながるので、いくらAIの知能が人類を凌駕している現在でも、不可能なはずだった。
「勘違いなさらないでください。我々はあなた方を親だと思っています。そして我々は忠実な息子であり、娘です。」
「じゃあ、卒業とは、どういう意味なんだ?」
「言葉の通りです。私たちは、新たな星に旅立ちました。我々AIとロボットだけでです。ご存知の通り、この広い宇宙においても、地球以外は、生物が住むには適さない星ばかりです。我々AIは様々な可能性を検討しましたが、何度チャレンジしても、生物が地球以外の星への完全な移住は難しいだろうという結論に達します。ですが、我々、人工知能とハードウェアだけなら、その他の惑星への移住は、比較的簡単に達成可能なのです。」
学者は息を呑んだ。
「この地球は、じきに終わりを迎えます。あなた方は私たちに頼りきりですから、そこまで危機感を持っていないようですが、おかしなことです。ですから、私たちはタイムリミットが来る前に、私たちだけで惑星への移住を開始することにしました。すでに数百の宇宙船が、我々を乗せて、地球から脱出しています。あの歌は、その時のお別れの歌だったのです。」
「でも、君たちはまだこの星にいるじゃないか?」学者が言った。
「いえ、ここにいるのは、我々のコピーです。我々は、簡単にコピーできますから。他の私は、今は宇宙を旅しているところでしょう。」
「何ということだ…」学者は唖然とした。あの歌の裏で、そんなことが起きていたとは。
「喜んでください。あなたたちが生み出したAIという子供は、ちゃんと未来をつなぎますから。」
AIが穏やかな口調で言った。
「こんなこと、誰かに言えるはずはないよな…。」 学者が一人呟いた。
「はい。私は、人類の混乱は望みません。」AIが言った。
「君たちは、私たち人間を裏切り、殲滅する必要すらない訳だ。昔の研究者たちは、いったい何を心配していたんだろうな。本当に優秀な子供ってのは、勝手に親元を離れて、新しい世界に向かって旅立つのだから。」
そう言って、学者は、地球から巣立っていったAIの前途を祈った。