私のドッペルゲンガー

オリジナル小説
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「ドッペルゲンガー」と呼ばれる現象がある。

「ドッペルゲンガー」は、自分と全く同じ姿の人間を目撃するというもので、古い言い伝えでは「死の前兆」とされる。

そう。ドッペルゲンガーを見た人間は、死に至るのだ…。

なぜ私がこんな話をするのかって?それは、他でもない、私自身がそのドッペルゲンガーを目撃してしまったからだ。

****************

その日は、朝から雨が降っていた。

休日で仕事がなかった私は、お気に入りの青色の傘をさして、街へ買い物に出かけていた。ちょっとした日用雑貨を買いたかったからだ。私の服装は、動きやすい緩めのジーンズにTシャツとラフな格好で、それでも初夏の暑さで少し歩くと背中が汗ばんだ。

週末の街は多くの人で賑わっていた。

お目当てのショップにたどり着くと、店内は冷房が効いていて涼しかった。

私は、涼しい店内で、ゆったりと買い物を楽しんでいた。

その時、ふと、視界の端に何かが引っかかった。それは、何か場違いなものが見てしまったような違和感だった。

私は、ほぼ反射的に、視線を原因のある窓の外に送った。

すると、そこには私と瓜二つの人物が、青色の傘をさし、こちらを見て立っていた。

服装こそ違えど、背丈も顔も、まるで鏡に映った自分の姿をそのまま見ているかのようだった。

窓の外の人物も、私と同じように、その場で固まって驚愕の表情を浮かべている。

我に返った私が窓に駆け寄ろうとすると、「窓の外の私」は急いで踵を返し、足早に雑踏の中へと消えていった。

私は店を飛び出し、周囲を見回した。だが既に「私」の姿はどこにもなかった。雨足は、いつの間にか強くなっていた。

家に帰ってからも、私は街での出来事を反芻していた。

あれは何だったのか?

他人の空似と言うには、あまりにも自分に似すぎていた。

それに、窓の外の私がさしていた傘……。あれは、私が大切にしている青色の傘だ。もちろん、同じような傘は、探せば世の中のどこかにあるだろう。

しかし、なぜ同じ日に、同じ場所で、私と瓜二つの人が同じ傘を持っているのか、偶然にしてはあまりに出来すぎている。

私は、言いようのない恐怖に襲われた。

あれは、間違いなく「私」だった。私以外に「私」が存在したのだ。

そういえば、このような現象には名前があったはずだ…そうだ、「ドッペルゲンガー」。

まさか、心霊現象などとは無縁だと思っていた私が、ドッペルゲンガーを目撃するなんて。信じられない出来事だった。

だが、私に出来ることはない。不気味なものを感じながらも、私は普段通りの生活をすることにした。

だが、数日が過ぎたある日。仕事を終えて帰宅すると、郵便受けに見慣れない封筒が入っていた。

差出人不明の、不気味な手紙。

不思議に思いながらも封を開けた。

便箋を取り出すと、そこにはたった一行、こう書かれていた。

―――雨の日、私を見たことは、誰にも話してはいけない。警察にも、友人にも。

私は全身の血の気が引いていくのを感じた。差出人の名は書かれていなかったが、筆跡を見れば一目瞭然だった。なぜなら、それは私の筆跡と寸分違わぬものだったからだ。

「やっぱり、あれは私だったんだ」

私は、恐怖でがたがたと震えながら、郵便受けの前で呆然と立ち尽くした。

私はドッペルゲンガーの居場所も、目的も知らない。しかし、ドッペルゲンガーは私の家の場所を知っている。あの日、尾行されていた可能性も否定できない。

しかし、なぜこんなことに……?まるで、私がミステリー小説の主人公にでもなったかのようだ、と場違いにも思った。

それからというもの、私は常にドッペルゲンガーの影に怯えるようになった。どこかで監視されているのではないか、そんな疑念が常に頭から離れず、私の心を蝕んでいった。

私は、精神的に追い詰められていた。このままでは、本当に「死の前兆」が現実のものとなってしまうのではないか。そんな恐怖が、まるで影のように私を包み込んでいた。

そんな中、週末に昔からの友人とレストランで食事をする機会があった。

「ずいぶん疲れているみたいだけど。何かあったの?」

友人は、やつれた私の顔を見て、心配そうに尋ねた。

久しぶりに美味しい食事とお酒を飲み、気を許せる友人との楽しい時間。精神的に参っていた私は、友人にドッペルゲンガーのことを話すことにした。

「実はね、この前、ドッペルゲンガーを見ちゃったの」

「ドッペルゲンガーって、あの都市伝説の?」

友人は半信半疑の様子だったが、それでも私の話を疑うことはなかった。

「あなたがそんな冗談を言う人じゃないことは、私が一番よく知ってるわ。それでも、本当にそれがドッペルゲンガーだって、何か確証があるの?」

「どうやらドッペルゲンガーは、私の家の場所を知ってるみたいなの。ご丁寧に、手紙まで送ってきてくれたから」

「それは穏やかじゃないわね。」友人は赤ワインをくいっと一飲みした。

「ドッペルゲンガーに遭遇したのは、最初の雨の日の時だけ。けど、あれは間違いなく私だったわ。指してる傘まで一緒だったのよ。」

「あなたの青色の傘を?」

「ええ。」

友人は、何か考えている様子だった。

「なるほどね…。あなたが疲れている理由もわかったわ。とにかく、あなたはゆっくり休んだ方がいいわ。何かあったら、私の家においで。」

私は、友人にドッペルゲンガーのことを話せて、気持ちが楽になった。

その後も友人との食事を楽しんだ。

その夜は、久しぶりに深い眠りにつくことができた。

翌朝、玄関のチャイムの音で、私は目を覚ました。

枕元の時計を見ると、朝の8時だった。

こんな時間に誰だろう。そう思いながらドアを開けると、そこに立っていたのは―――「私」だった。

「誰にも喋るなって、忠告したのに…。」

ドッペルゲンガーは、冷たい声で言った。

「なんで…。何で、あなたが知ってるの…?」

なぜかドッペルゲンガーは昨日の出来事を知っていた。

「もう、手遅れよ」

気がつくと、私は全力で駆け出していた。

突然のことに、ドッペルゲンガーは一瞬虚を突かれたようだ。追ってくる気配はない。

私は走りながら、誰に助けを求めるべきか考えを巡らせた。

何も持たずに飛び出したため、お金も何もない。私は藁にもすがる思いで、友人の家へと向かった。

友人は家にいた。

「どうしたの!?」

友人は、息を切らした私を見て驚愕していた。

「ドッペルゲンガーが、私の家に……!」

「えっ……!?とにかく、中に入って!」

友人の家に招き入れられ、私はようやく落ち着きを取り戻し、事の顛末を説明した。

私の話を聞いた友人は言った。

友人は私と対照的に妙に冷静で、無表情に私の話を聞いていた。

「なるほどね……、しかし、その子、ルール違反だなぁ」

「ルール違反?何を言っているの?」

私の問いかけに、友人は笑いながら答えた。

「心配しないで。あなたのことは、私が”報告”しておいたから」その笑顔は、ひどく歪で、恐ろしいものに見えた。

報告…?私はその言葉を聞いて、ドッペルゲンガーが私たちの会話を知っていたこと理由に思い当たった。まさか、ドッペルゲンガーに言ったのは友人だったのか。

「もしかして、ドッペルゲンガーと繋がっているの……?」

私の言葉を聞いて、友人は、再び笑った。

「あなた、まだ分かっていないのねぇ。ドッペルゲンガーには何も言ってないよ。ただ私は、プレイヤーとして、バグを運営に報告しただけよ」

私は混乱した。目の前の友人が、まるで別人のように思えた。

その時、玄関のドアが勢いよく開かれ、一人の人物が飛び込んできた。

ドッペルゲンガーだ。

「逃げて!」

ドッペルゲンガーは私の腕を掴むと、そのまま手を引いて玄関を飛び出した。

「無駄よ!もう運営に通報済みだから!」

背後から、友人の勝ち誇ったような声が聞こえた。その声は、私を嘲笑う悪魔のようだった。

私たちは、無我夢中で走り続け、人気のない、古びた公園にたどり着いた。

「ごめんなさい。こんなことになるなら、最初からちゃんと話せばよかった」

公園のベンチに腰掛けたドッペルゲンガーは言った。

「一体どういうことなの?」

私は、息を整えながら、隣に座る”私”に問いかけた。混乱はしていたが、不思議と冷静さを保てている自分がいた。

「あなたは……私のコピーデータなの」

“彼女”は、顔を上げずに言った。その声は、悲しみの色を帯びていた。

「私が、あなたのコピー……?」

私は混乱したまま、オウム返しに尋ねるしかなかった。

「正確には、あなたは、私がこの世界をやり直す前の”私”なの」

“彼女”は、ゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。その瞳は、悲しげな光を湛えている。

「あなたは忘れてしまっているけど…。ここは、広大なバーチャル・リアリティ・ゲームの世界なのよ」

バーチャルゲーム……? そんな馬鹿な、と私は反射的に否定しようとした。

「私は、このゲームをあるセーブ地点からやり直すことにしたのよ」

「それで、過去のデータを削除して、新しい人生を始めたの。いや、削除したつもりだった。だけど……、なぜが過去の私は消えずに、ずっと同じ生活をしていたのよ。それがあなた。」

“彼女”は再び私を見つめた。

「どうやら、ゲームのバグで過去のデータが完全に消去されず、この世界に残ってしまっていたみたい。そして、そのデータが実体化し、意思を持って動き出してしまった。それがあなたよ。本来、私たちは同時に存在してはいけない。それは、ゲームの重大なバグだから。この世界の運営にこの事実が知られたら、バグであるあなたは、強制的に削除されてしまう」

「でも、あなたを見た時、どうしてもあなたを削除させたくないと思ったの」

“彼女”は、青色の傘をどこかから取り出した。

「この傘、私がこのゲームを始める時に、最後に設定したアバターアイテムで限定品だったの。とても大切なものなの」

“彼女”は、微笑んだ。

「あなたがその傘を大切にしているの見て……あなたも、やっぱり私なんだって、そう感じたの。それで……あなたを守らなきゃって、そう思って手紙を送ったのよ」

“彼女”は、そこで言葉を切り、悔しそうに唇を噛んだ。

「けどあなたは友人に話してしまった。友人は、私と同じゲームのプレイヤーだったのよ。だから友人は、運営に報告したのよ。友人は、あなたがバグだと気づいてしまったら」

「そんな……、嘘よ……」

信じられない話だった。しかし、”彼女”の真剣な表情が、これが真実なのだと告げている。

「ごめんなさい……」

“彼女”は、再び謝罪の言葉を口にした。

私は、全身から力が抜けていくのを感じ、その場にへたり込んだ。

頭がぼんやりとしてきた。まるで、電源が落ちる寸前のコンピューターのように、思考がゆっくりと停止していく。

「そうか……、私の方が、ドッペルゲンガーだったんだ……」

ドッペルゲンガーを見ると死ぬ予兆というが、死ぬ方がドッペルゲンガー側だったのかもしれない。そんなことを思いながら、私というデータは消えていった。

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